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浦和地方裁判所 平成5年(行ウ)29号 判決

原告

松田文雄

被告

草加市長

小澤博

右訴訟代理人弁護士

加藤長昭

被告

埼玉県知事

土屋義彦

右指定代理人

吉野淳一

外一名

主文

一  本件訴えのうち、被告草加市長に対する、同被告が平成四年一二月二一日付け、平成五年一〇月四日付け及び同年一一月四日付けで原告に対してした戸籍謄本の各交付請求拒否処分の取消を求める部分並びに被告埼玉県知事に対する、同被告が平成五年九月三〇日付けで原告に対してした戸籍謄本の交付請求拒否処分及び右処分に関する異議申立棄却決定についての各審査請求を却下する裁決の取消を求める部分をいずれも却下する。

二  被告草加市長及び被告埼玉県知事に対する原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告草加市長が原告に対し平成四年一二月一四日付けでした住民票の写しの交付請求拒否処分、同年一二月二一日付けでした戸籍謄本及び同附票の写しの各交付請求拒否処分、平成五年一〇月四日付け及び同年一一月四日付けでした住民票の写し、戸籍謄本及び同附票の写しの各交付請求拒否処分を取り消す。

2  被告埼玉県知事が原告に対し平成五年九月三〇日付けでした戸籍謄本の交付請求拒否処分及び当該処分に係る異議申立の決定の取消しを求める審査請求を却下し、その余の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告草加市長)

1 本件訴えのうち被告草加市長が原告に対し平成四年一二月二一日付けでなした戸籍謄本の交付請求拒否処分の取消を求める部分を却下する。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 主文第三項と同旨。

(被告埼玉県知事)

1 原告の訴えを却下する。

2 主文第三項と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、平成四年一二月一四日、原告が東京地方裁判所に提起した訴訟(以下「別訴」という。)に書証として提出する目的で、被告草加市長(以下「被告市長」という。)に対し、須賀清(以下「須賀」という。)についての本籍と続柄の記載を省略しない住民票の写しの交付を請求した。ところが、被告市長は、同日、同人の住所、氏名、年齢及び性別のみを記載した写ししか交付できないとして、右交付請求を拒否した。

(二)  そこで、原告は、被告市長に対し、同日、右交付請求拒否処分についての異議申立をした。

2(一)  原告は、同年一二月二一日、同じく別訴に書証として提出する目的で、被告市長に対し、須賀の戸籍謄本及び同附票写しの交付を請求した。ところが、被告市長は、同日右交付請求を拒否した。

(二)  そこで、原告は、被告市長に対し、同日、右交付請求拒否処分についての異議申立をした。

3  被告市長職務代理助役は、平成五年六月三〇日、右1(二)及び2(二)の各異議申立をいずれも棄却する旨の決定をした。

4  そこで、原告は、同年七月九日、被告埼玉県知事(以下「被告知事」という。)に対し、右1(一)及び2(一)の各交付請求拒否処分並びに右3の異議申立に対する棄却決定について審査請求をしたところ、被告知事は、同年九月三〇日、戸籍謄本の交付請求拒否処分及び同処分に関する異議申立棄却決定の取消を求める審査請求を却下し、その余の部分を棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

5  原告は、同年一〇月四日、同じく別訴に書証として提出する目的で、被告市長に対し、須賀についての本籍と続柄の記載を省略しない住民票の写し並びに戸籍謄本及び同附票の写しの交付を請求した。しかし、被告市長は、同日右交付請求を拒否した。

6  原告は、同年一一月四日、別訴の控訴状に添付する目的で、被告市長に対し、須賀についての本籍と続柄の記載を省略しない住民票の写し並びに戸籍謄本及び同附票の写しの交付を請求したが、被告市長は、同日右交付請求を拒否した。

7  しかしながら、裁判所に書証として提出することを目的とすることは、住民基本台帳法一二条四項、戸籍法一〇条にいう「不当な目的」に当たらないから、本件各交付請求拒否処分及び審査請求を棄却ないし却下した本件裁決は違法である。

よって、原告は、被告市長に対し本件各交付請求拒否処分の取消を、被告知事に対し本件裁決の取消をそれぞれ求める。

8  被告市長の本案前の主張に対する反論

原告は、前記のように平成五年一〇月四日及び同年一一月四日にも戸籍謄本の交付請求をしているので、出訴期間は経過していない。

二  被告市長の本案前の主張

被告市長が原告に対し平成四年一二月二一日付けでした戸籍謄本等の交付請求拒否処分に対する本件取消訴訟は平成五年一二月七日に提起されたところ、右訴え提起時においては出訴期間を経過していた。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1ないし6の各事実は認める。

2  同7の主張は争う。

四  被告らの主張

1  住民基本台帳法一二条四項によれば、被告市長は、住民票の写しの交付請求が不当な目的によることが明らかなときは、これを拒むことができる。右法条にいう「不当な目的」とは、他人の住民票の記載事項を知ることが社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性がないにもかかわらず、その記載事項を詮索したり、暴露したりなどしようとすることを意味する。また、そもそも請求にかかる住民票の写し等を必要とする理由が全くない場合には、当然住民票の写しの交付を拒むことができるというべきである。

戸籍の附票の写しの交付についても、同法二〇条により同法一二条四項が準用されているから、同様である。

別訴は、原告が国ほか二名を被告として損害賠償を請求した事件(東京地方裁判所平成四年(ワ)第二一八九七号)であるところ、原告が須賀の住民票(戸籍の表示、続柄等を省略しないもの)及び戸籍の附票の写しを請求した際に提出した別訴の訴状の写しによれば、須賀は右事件の被告である国の職員であるというに過ぎない。それ故原告が別訴に関連して須賀の住民票や戸籍における本籍や続柄等までの記載事項を知ることについて社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性があるとはいえない。

したがって、被告市長が住民票及び戸籍の附票の各写しの交付請求を拒否した処分は適法である。

2  戸籍法一〇条三項によれば、市町村長は、戸籍謄本等の交付請求が不当な目的によることが明らかなときは、これを拒むことができる。ここでいう「不当な目的」とは前記住民基本台帳法の場合と同一である。

原告は、右1と同一の目的を主張して戸籍謄本の交付を請求したのであるから、被告市長が戸籍謄本の交付請求を拒否した処分は適法である。

3  被告知事の主張

原告が主張する瑕疵は、原処分に関するものであり、裁決固有の違法事由の主張ではないから、原告の被告知事に対する本訴は不適法である。

五  被告らの主張に対する原告の反論

原告が、別訴において書証として提出するとの理由で須賀の住民票(戸籍の表示、続柄等を省略しないもの)及び戸籍の附票の写しを請求したこと、須賀は同訴訟の被告である国の職員であることは認めるが、被告らの法的主張は争う。

須賀は裁判所職員としての職務行為において原告に損害を与えたのであり、損害賠償義務者であるから、原告が同人の住民票等の記載事項を知ること及び戸籍謄本の交付を請求することについては、社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性がある。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一 まず、本件戸籍謄本の各交付請求拒否処分が行政事件訴訟の対象になり得るかどうかについて検討すると、戸籍事件については、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立をすることができる(戸籍法一一八条)が、他方同事件につき行政不服審査法による不服申立をすることはできないものとされている(戸籍法一一九条の二)。そして、家庭裁判所に対する不服申立は、家事審判法の適用に関しては、同法九条一項甲類に掲げる事項とみなされ(戸籍法一一九条)、家庭裁判所は審判によってこれを処理し(家事審判法九条、一七条)、右不服申立に理由があると認めるときは、当該処分をした市町村長に対し違法処分を是正する相当な処分をするように命じなければならない(特別家事審判規則一五条)。なお、当該市町村長又は申立人において右審判に不服がある場合には、高等裁判所に即時抗告をすることができる(同規則一七条)。

このように、戸籍事件に関する処分については、その性質上、これに常時関与している家庭裁判所が処理するのが妥当であるとして、特に裁判上の不服申立制度が定められ、そして申立に理由があると認められる場合には、家庭裁判所は単に違法処分を取り消すのではなく、これを是正するのに適切な処分をするように命じるのであり、即ちその内容は抗告訴訟によるよりも強力であるから、これら事実に鑑みると、右不服申立制度の他に行政訴訟を認める必要はなく、また、右裁判上の不服申立制度に加えて、行政訴訟を提起することを認めた場合には、両裁判所の判断が矛盾する結果を生じる虞れがある。したがって、戸籍事件に関する処分については、もっぱら戸籍法所定の不服申立制度によるものとし、その適否を行政訴訟によって争うことはできないと解すべきである。

よって、原告の本件訴えのうち、戸籍謄本の各交付請求拒否処分の取消を請求する部分は不適法である。

二 前記のとおり、戸籍謄本の交付拒否処分については、行政訴訟を提起することができず、かつ戸籍事件については、行政不服審査法による不服申立をすることができないのであるから、戸籍謄本の交付請求拒否処分についての不服申立に対して行政庁がした決定についても、行政訴訟を提起することはできないと解すべきである。

よって、原告の本件訴えのうち、戸籍謄本の交付請求拒否処分及び右処分に関する異議申立棄却決定についての各審査請求を却下した裁決の取消を請求する部分は不適法である。

三  住民票及び戸籍の附票の各写しの各交付請求拒否処分の適否について検討する。

1  請求原因1ないし6の各事実は、当事者間に争いがない。

2 住民基本台帳法一二条及び戸籍法施行規則一一条によれば、原告が須賀の住民票の写しの交付を請求するに当たっては、その請求事由を明らかにしてしなければならず、交付請求が不当な目的によるものであることが明らかである場合には、被告市長はその請求を拒むことができるものである。そして、右にいう不当な目的とは、他人の住民票の記載事項を知ることが社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性がないにもかかわらず、その記載事項を詮索したり、暴露したりなどしようとすることをいうと解するのが相当である。

また、戸籍の附票の写しの交付については、同法二〇条により同法一二条二項及び四項が準用されるから、その請求についても右に述べた住民票の写しの場合と同様である。

そこで、本件各住民票及び戸籍の附票の各写しの交付請求に対する被告市長の拒否処分の違法性の有無を判断すると、前記のように原告は須賀の本籍と続柄の記載を省略しない住民票の写しを請求し、右住民票及び戸籍の附票の各写しの交付を請求した事由は別訴に書証として提出するためであったところ(但し、平成四年一一月四日請求分については、別訴の控訴状に添付するため)、須賀が国の職員であることは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第三号証の三及び第五号証並びに弁論の全趣旨によれば、別訴は国ほか二名を被告とする損害賠償請求事件であるが、須賀は右事件の被告ではないことが認められる。

そうすると、別訴は国ほか二名を被告とする損害賠償請求事件であって、須賀は同事件の被告でもないのであるから、原告が同人の本籍と続柄の記載を省略しない住民票及び戸籍の附票の各写しの交付を受け、これによって、須賀の本籍、続柄、その世帯員、同籍者までもにつきその各記載事項を知ることについて、社会通念上相当と認められる必要性ないし合理性があるとは到底認められない。したがって、原告の本件各住民票及び戸籍の附票の各写しの交付請求は、不当な目的によることが明らかであるといわざるをえないから、被告市長が本件各住民票及び戸籍の附票の各写しの交付請求を拒否した本件各処分は、いずれも適法である。

四  本件裁決のうち、住民票及び戸籍の附票の各写しの交付請求拒否処分並びに右処分に関する異議申立棄却決定についての各審査請求を棄却した部分につき検討すると、原告が本件裁決の違法事由として主張するところは、原告の住民票及び戸籍の附票の各写しの各交付請求を拒否したことが違法であるというのである。しかしながら、右事由は、原処分についての瑕疵の主張に過ぎず、本件裁決に固有の違法については何らの主張もないから、本件裁決の違法事由についての原告の右主張はそれ自体失当である。

五  よって、本件訴えのうち、被告市長に対する平成四年一二月二一日付け、同五年一〇月四日付け及び同年一一月四日付けの戸籍謄本の各交付請求拒否処分の取消を求める部分並びに本件裁決のうち戸籍謄本の交付請求拒否処分及び右処分に関する異議申立棄却決定についての各審査請求を却下する決定の取消を求める部分は不適法であるからこれを却下し、原告の被告市長及び被告知事に対するその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大喜多啓光 裁判官髙橋祥子 裁判官中川正充)

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